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千早視点から描かれる,物悲しさを内包した「はるちは」 

千早視点から描かれる,物悲しさを内包した「はるちは」 



◆ P名無用

イベント 『じっくり語り語られてみよう』 に参加し,作品について語っています.作品に対するネガティブな表記を含む部分もありますが,イベントの趣旨に乗った上での記述とご理解ください.この作品の語り記事一覧 → 『No.07: All is Full of Love(ビョーク) はるちは


【Pからの語り視点の注文】
○ この作品の印象を決めていると感じられた部分。
ある演出でも映像の一部分でも色調でも楽器の一音でも、何でも結構です。
何かの印象を受けたとして、それが何故か、という事を教えて頂ければと思います。

○ この作品を見て「これを思い出した」という物。
他P、他作品、あるいはニコマスの枠に限らず、好感情、悪感情どちらに属するもの、何でも結構です。 この作品からどのようなものを連想したのか、参考にしたいなと思っております。


コメ消しの初見の感想


<サムネ> メカ千早は好きです.これは間違いなく見ます.
<曲> ビョーク.この歌を聴いたのは初めて.妙に焦燥感を煽られるような,それでいてゆったりするような色んな気持ちになれる楽曲ですね.さすがビョーク.

<映像> 美しい,これに尽きる.色々深く見ようと思っていたのに,見蕩れてしまって,いつの間にか動画が終わっていた.気づいたら口が開いてたんだよね.ストーリー性を内包しているんだけど,映像のメリハリがはっきりしてるんで,作品に込められたなんとなくのストーリーを想像しながら映像を追えた.

<アイドル> 春香・千早.いわゆる「はるちは」.後半の千早の笑顔が印象的.

<見終わって> 心にずしりと何かが残った.「何が」とははっきり言えないんだが,確実に何かが残った.それを知るために,リピートせねばならぬだろう.

まずは簡潔にPさんから求められた視点に答えてみる


自分が感じたことをどう整理したらいいものなのか... 実に語るのが難しいです.何度も何度も見て,少しずつ言葉にできたことを綴っていきます.

◆この作品の印象を決めていると感じられた部分
「2:10あたりで春香と千早が手を伸ばしているシーン」

私はこの部分に一番強い何かを感じました.初めは 「春香が初めて出てくるシーン」 にドキリとしたんだけど,何度も見直すうちに,2:10のシーンを待ちわびている自分に気付いた.春香が少し見降ろす感じで,千早は見上げる感じで.「さあこっちにおいでよ」と手を伸ばしている春香.それに応える千早.

どうしてこの部分に強い感情を抱いたのかは,下記にて考察してみます.

◆この作品を見て「これを思い出した」という物
春香を見て想起されたのは "ておくれPのアイマスクエストにおける女神春香" です.演出的な意味で,作品を通して春香には「人間臭さ」を感じなかった.何か遠い存在.

あと「はるちは」の関係性について思い出されたのは "フリージアPのfake storyシリーズ" です.千早の春香に対する複雑な感情があるのかなあと.

リピートしてみての解釈


で,以降は自分の勝手な解釈に基づいて語ってみることにする.自分が納得できるストーリーを考えたら,こんな感じになりました.fake story のイメージを幾分か引きずり気味ですが.

◆私が想定したストーリー
全編を通して描かれているのは,千早のイメージの世界なのではないか.
歌い手は千早である.千早本人というよりは「こうありたいと望む理想の自分」としての千早.

前半のメカ千早は,春香に対して素直になれない自分.そんな自分に「ごちゃごちゃ考えずに,手を伸ばせばいいんだよ」と理想の自分が呼びかける.その手の伸ばし先は,春香である.

◆作中で描かれる春香
アイマスにおける春香は,実に人間味にあふれるキャラだと思う.表情も豊かだし,感情の揺れ動きも大きく,等身大なアイドルである.実に親近感が湧く(どのアイドルも親近感湧くけどね).しかしながら,この作品で描かれる春香には親近感が薄い.妙に崇高.

春香がいる舞台は,作中ずっと通して幻想的なままである.春香は舞台で優しい表情を見せるものの,笑顔は見せない.千早が手を伸ばして殻を破った(眼鏡を外した)後も,崇高なままである.現実感からはほど遠く,不安定な浮遊感を常に感じさせる.

現実の「生身の春香」のイメージとは程遠い.この春香は,千早の中での春香に対する複雑な想い(憧れ・想い・嫉妬など)がごちゃまぜになったことで神聖化された春香像なのではなかろうか.

◆千早は手を伸ばせたのだろうか
そんな春香に対する自分の色んな感情を整理しきれずに春香にありのままのじぶんでいられない千早.春香から手を伸ばしてもらうことで,やっと殻を破ります.そして同じ舞台に立ちます.

千早の想いが叶ったかのようだが,物悲しい楽曲のせいか,結局叶わなかったのではないか,という感想に辿り着いた.作者コメにもあるけど「手を伸ばせば,届くものだ」と.手を伸ばせばこのように届くのだ.そんな未来を想像することができる.そして自分が手を伸ばしさえすれば笑顔でもいられるのだ.

歌い手が「理想とする自分」であれば,千早本人もそれを理解しているはずである.心の奥では分かっている.自分から春香に向き合いさえすればいつでも手を伸ばせる.春香はいつでも手を伸ばしてくれている.

・・・

でもね,現実にはまだ手を伸ばせてなんだよ,きっと.最後まで幻想的な舞台で終わってるのがその表れじゃないのかな.きっとこれは千早が理想とするイメージの世界.「こんな風に手を伸ばしたら,こんな風に簡単に想いは届くのに... でも手を伸ばせないんだ」と悲しい叫びが聞こえてくるような気がした.

きっとこの作品は,そんな千早の複雑で悲しい心情を描いたものなのではなかろうか.

お互いに手を伸ばすシーンに強い想いを抱いたのは,このシーンに込められた千早の強い想いが内包されているからだったのかなあと,思いました.

最終的な私の感想


美しい映像作品として楽しめた上で,内容解釈に実に深みがある作品.受け手側の「はるちは」に対して持っているイメージによって色々な解釈が想起させられる.何かの折に付けて見返してみておくべき作品なのかなと思った.作り手さんの意図にゆったりと浸りたくなる,そんな作品.

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こんな感じに語ってみました.ほとんど捏造ですが... 匿名P(No.7)さん,いかがでしょうか?

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